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日記・コラム・つぶやき

2021年3月 1日 (月)

弥生

 今日から弥生 3月です。弥生は「いや おい」です。いよいよ草木が芽吹いて生い茂る。春が来たことを感じさせるすてきな言葉です。
1年前のブログを見てみました。そこで私が書いたのは、①コロナ感染の拡大 3月に入って全国の陽性者が1000名を超えたこと。県内は1名、浜松では0。
 まだ流行の始まりでした。しかし・・・。②シニアクラブの例会中止 ③うたごえ同好会の例会中止 ④学校の休校 ⑤卒業式の来賓招待中止
⑤マスク、トイレットペーパーの品切れ。
 あれから1年、④と⑤以外は今年も同じです。シニアクラブはこの1年、12回の例会をはじめほとんどの活動を停止したままです。うたごえも月2回の例会を中止したままです。市内の感染者は2/28現在1005名で遂に1000名を超えました。市内で専用病棟を持つ中核医療施設でクラスターが発生し、連日感染者が増えています。
 この1年を振りかえってみると、私自身の生活の営みが丸一年止まってしまったという感じです。美術館も市の美術館4回だけ、コンサートは1回。文化芸大の聴講は年間を通じて中止。自治会の諸活動もすべて中止。飲み会は3/5が最後でその後はゼロ。ジュビロの現地応援ゼロ。ASN(アクティブ シニア ネット)の活動には、例会・漢字研究会・農園での野菜づくりや柿園での作業などに参加しています。その他の外出は、スーパーやドラッグストアでの買い物のほか、市内の公園での花の取材などです。市中心部へは年間数回出ただけです。
 新しい生活スタイルを確立することができないまま一年が過ぎました。

 ワクチンの接種は的確な見通しがつかない状況です。かかりつけの医院で接種の予定ですが、いつのことになるのか・・・。コロナの収束までにはまだ半年以上かかりそうです。

 

2021年2月14日 (日)

ヴァレンタインデー

 今日はヴァレンタインデーでした。今年いただいたチョコレートは芸術作品のようにみごとな、美しいチョコでした。
 どのような工程でこのようなチョコができるのか、不思議です。食べてしまうのがもったいようなみごとなチョコです。
 フーシェの「遥かなるエトワール 惑星」です。

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2021年1月25日 (月)

浜松まつり開催決定

 1/22の浜松まつり組織委員会で、今年の浜松まつり開催を決定しました。その内容は①凧揚げだけで、屋台引き回しは中止 ②1-5日の5日間で参加町を分散。各町は2.5日参加 ③凧揚げは無観客で行う。糸切合戦、ラッパ・笛、飲酒は禁止。④劇練り中止 ⑤会所開き、前夜祭などの会場では参加者の名簿管理の徹底と飲食の禁止。
 これまでの浜松まつりとはまったく違うスタイルのまつりになります。「凧揚げ大会」という雰囲気でしょう。これだけの制約の中でも、何とかして2年ぶりで初子の凧を揚げたいという各町の皆さんの熱意は伝わってきます。コロナの感染状況が悪化すれば中止になることも考えられます。
 私は一昨年まで毎年昼・夜それぞれ参加して楽しんできましたが、今年はコロナに弱いとされる高齢者であることを考え、参加を見合わせようと考えています。資料は静岡新聞です。

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2021年1月24日 (日)

ブラタモリ「呉」

 1/23日に放送された「ブラタモリ 第174回」は呉でした。お題は「呉~”戦艦大和のふるさと”呉はどうしてできたか」でした。
呉は私の生まれ故郷です。生まれた町がどのようにとらえられるのか、興味を持って観ました。
 呉と言えば旧軍港、そして戦艦大和です。番組もそこから始まりました。呉の町は北の灰ヶ峰を中心にして三方を低い山に囲まれ、南だけが海に向かって開けています。そして南側の瀬戸内海には数々の島々があり、港の出入り口を封鎖した感じになっています。
 市街地が狭いため、東西の山の手に向かって住宅地が広がり、急な階段を登って行くことになり、その様子が紹介されました。
 私が生まれた家は、中心部の右手を少し入ったところでした。市内電車が走る本通を右折して坂道を登ったところです。家の前には道路がなく、石段を登った記憶があります。高台ですから座敷の縁側から灰ヶ峰などはよく見えました。車も自転車も使えません。家の南側にわが家の借家が2軒ありました。その借家の南側の窓からは軍港がよく見えます。しかし・・・窓から軍港を見るのはスパイ行為だということで、昼間でも雨戸は締め切りになりました。市内には田んぼや畑はありませんでした。
 幼稚園には坂を下って街中を横切り、中心部の西側まで通いました。国民学校は坂を下って間もなくでそれほど遠くはありませんでした。
 というわけで、タモリが紹介してくれた呉の地形についての話に、自分の記憶と重ねながら共感した次第です。
 私の生まれた家は、1945年7月1日夜半からの大空襲で灰燼に帰しました。私たち一家はその年3月から安芸津町に疎開していたので無事でした。その後,呉市内東部の町で生活することになりました。
 数年前、呉を訪ね、生家の近くまで行きましたが、正確に探し出すことはできませんでした。大和を建造した旧海軍工廠の近くへも行きました。「この世界の片隅に」に登場する場所も訪ねました。

 「ブラタモリ」を観ながらいろいろなことを思い出しました。

2021年1月 9日 (土)

凍り付いた朝

 今日1月9日は寒さ厳しい日でした。浜松の最低気温は-3.5℃。ここまで下がるのは数年に一度です。朝9時過ぎ、家の近くの四ツ池に行ってみました。四つの池は全面ではありませんが、一部が凍っていました。凍てつく中で釣り糸を垂れている人が10人以上いました。

二の池

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三の池                  四の池

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2021年1月 7日 (木)

七草粥

今日は七日正月。松の内も今日までです。
今朝は七草粥をいただきました。7種の野菜や野草を刻んで入れたお粥です。
7種の野菜や野草を春の七草と称します。
セリ・ナズナ(ぺんぺん草)・ゴギョウ(母子草)・ハコベラ(はこべ)・ホトケノザ(こおにたびらこ)
スズナ(かぶ)・スズシロ(だいこん)です。この順番で覚えるのが一番楽です。
七草粥を邪気を払い、万病を除く占いとして食べる風習は古代からあったようですが、今の七草が文献に見えるのは14世紀半ばの南北朝の頃です。
江戸時代はに武士から庶民まで広く定着して、将軍以下すべての武士が七草粥を食べていました。
わが家の七草はスーパーで買ってきたものです。親指ほどの大根、うずらの卵ほどの蕪、そして5種類の野草。
JA三島函南の商品です。1パック430円でした(税込み)。大根と蕪が1個100円、野草がそれぞれ50円という勘定になります。
大根や株は野島農園で今収穫できますが、5種類の野草を自分で揃えて採取するのはなかなか難しいことです。

七草粥をいただいて、コロナウイルスの消滅を祈りました。

追記:七草には秋の七草もありますが、春よりも秋の方が古くて、万葉集にも盛んに登場します。
   ミナエシ・スキ・キョウ・デシコ・ジバカマ・ズ・
   オスキナフクハ と覚えます。

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2021年1月 3日 (日)

新しい年の初めに

 正月三が日が終わろうとしています。遅ればせながら明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
「何となく、今年は良い事あるごとし。元日の朝晴れて風なし。」啄木  浜松では冷たくて強い風が吹いていましたが、いい天気でした。
 正月になってもコロナは下火になるどころかますます拡大しています。これほど人に会わないお正月は初めてです。千葉在住の息子や孫たちも帰省を諦めました。昨年の正月からもう1年、オンライン以外では会わないでいます。静かなわが家でした。
 毎年2日には浜松西高の新春の集いと学年会、3日には島田でクラス会があって出かけたのですが、今年は全て中止で、ほとんど家に籠っていました。
 昨年はコロナ禍で私の人生で初めて歩みが止まった感じがしました。今年は前に向いて歩みたいと思いますが、それもコロナが収束に向かわないことにはできません。一日も早い収束を願うばかりです。

 このブログを始めたのは2008年4月27日です。この春で13年目になります。これまでにアップした記事はこの記事を含めて4498。年間平均345本アップしたことになります。最近は間隔があいていることが多くなりましたが、2年前まではほぼ毎日アップしていました。
 花や風景の写真など画像中心のブログという特色があります。皆さんに画像を通じて情報を提供するという趣旨です。
 現在このブログにアップされている画像は43,021枚です。毎月約280枚、1日平均10枚近くになります。過去にアップした画像の一部は削除していますが、13年前の画像も含めて過去の記事や画像はこのブログで見ることができます。ブログの左サイドに「バックナンバー」という欄があります。この「バックナンバー」をクリックしてずっと下に行くと、2008年4月があります。それをクリックしてください。当初の記事が出てきます。

 これまでにこのブログを見てくださった方は568,579人です。

 これからもできるだけいろいろな情報をお伝えしたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 今回の画像は暮れにASNの仲間で竹を切り出して作った門松です。孟宗竹や梅の小枝、笹、南天などを同じ場所で調達して帰宅後、自己流で
組み立てたものです。わが家の門前を飾っています。

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2020年12月31日 (木)

2020年の回顧

 今日で2020年が終わります。「パンデミックの年」として歴史に刻まれることになる1年で、世界中の人が今も苦しんでいます。
新型コロナウイルスを認識したのは2月初めに横浜港にダイヤモンド・プリンセス号の船内で次々と感染者が出て連日報道されたことによります。その後、一波、二波に続いて今第三波の大波が全国で拡大しています。
 浜松では7月中旬まで一桁の感染者で「優等生」と言われていました。ところが7月下旬に二つのクラスターが発生して、以後今日までほぼ連日感染者が出ており、今日現在645人になっています。8/10,000人です。

 ということで、ほぼ1年にわたり「自粛」を強いられた毎日でした。私が人に会う数の自粛率は、4月以降毎月ほぼ-95%です。

①地域での活動
  自治会、シニアクラブなどの活動は、役員会などごく一部の活動を除いてほぼ全面ストップです。浜松まつり、町内花火大会、ふれあい運動会、秋祭りなど、町民のふれあいを深める行事はすべて中止になりました。総合防災訓練も一部の役員などで行われました。町民の絆が細くならないよう今後いろいろ考えなければならないことがありそうです。。
②自粛生活
 東京、名古屋、静岡など各地の美術館めぐりは諦めました。文化芸大での聴講は大学の方で社会人の聴講を前期・後期とも認めなかったため1年を通じてお休み。ジュビロの現地応援も諦めました。J1復帰ならず残念でした。
③グループの活動
 ◎ASN(アクティブ シニア ネット)=40人余の熟年のグループ。春先に一時活動をストップしていましたが、その後順次再開。料理教室は休んでいます。農園での野菜の栽培や次郎柿苑の作業については例年に比べてメンバーなお活動が盛んで作物の出来は旅行です。自粛で暇になった時間を農園で作業して心身のフレッシュになっています。新たに発足した「漢字研究会」で楽しく勉強しています。
 ◎うたごえ同好会 発足8年が経過する同好会です。会員70数名。私が最初から会長を務めています。会場が狭くてソ-シャルディスタンスが確保できないことから、3月以降休会しています。再開の方向を探っていますがなかなか厳しい状況です。みんなで大きな声で楽しく歌いたいのですが・・・。
 ◎ミレーの会 文化芸大聴講生有志のゆるやかなグループ。集まり始めて13年が過ぎました。メンバーは30人前後。私がまとめ役です。大学の先生をお招きしての年2回の懇親会や泊りがけの美術館めぐりの旅などいろいろ楽しんできました。今年の美術館めぐりは2月に企画して5月下旬に初めての阪神間を訪ね、有馬温泉に泊まる予定でしたが、参加者がほぼ決まった段階でやむなくキャンセルということになりました。夏・冬の懇親会も諦めました。結局1年間活動なしで寂しい思いをしています。

④個人で
 外出が少なくなって明らかに運動不足です。足腰が弱くなりました。浜松フラワーパークやガーデンパークなどの野外公園は私にとっていわば「定点観測」の地で、毎月必ず複数回訪ねていたのですが、これらも4月半ばから閉園となり出かける先がなくなりました。

⑤「新しい生活」
 コロナ対応の新しい生活スタイルがいろいろ言われていますが、私自身のスタイルが確立したとはとても言えません。ZOOMによる「バーチャル喫茶店」に参加したり、LINEで首都圏在住の家族と動画で対話するなどのことはできています。外出することが少なくなったことから、自宅でPCやTVに向かう時間が長くなりました。PCではyoutubeをよく見ます。中田敦彦や画家・中島健太などをよく見ます。中島は30代半ばの画家。描いた作品は全て完売という超人気画家です。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」の模写を実写で見せたりしています。

 さて、明日から始まる新しい年は、コロナの感染状況によって大きく左右されます。ワクチンの接種などによって収束に向かえばいいのですが、早い時期にその見通しがつくとは思えません。オリンピックもかなり厳しくなっています。我慢を重ねながらないか工夫して充実した毎日を過ごしたいものです。「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と言われないように。

 今年1年、このブログにお付き合いいただいてありがとうございました。新しい年もよろしくお願いいたします。 2020/12/31 21:09

今日の画像は、大晦日に紅葉を3枚だけ残していたわが家の庭のモミジです。

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2020年12月28日 (月)

メジロの季節

 この冬もメジロがわが家の庭に来ています。最初の見たのは12月半ばだったでしょうか。庭の梅の枝にとまってきょろきょろしていました。メジロはつがいで行動する習性があります。今年も2羽で来ました。雄雌の区別は外観ではわかりません。
 三ケ日の青島ミカンを梅の枝に刺しておくと、一日に何度も来てついばんでいます。ヒヨドリはあっという間に食べつくしてしまいますが、メジロは少しずつ蜜を吸う感じなので半個で一日以上大丈夫です。まだ体が小さいメジロですが、春先にはもっと大きくなっていることでしょう。
 年が明けて梅の花が咲いてくると梅の蜜を吸います。メジロは人をそれほど警戒しないので、慣れてくるとかなり近くまで寄っても逃げません、しばらくメジロとの付き合いを楽しみます。

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2020年11月16日 (月)

久しぶりに三ケ日へ

 家内と二人で久しぶりに三ケ日へ行きました。主な目的は自宅用のミカン購入です。早生ミカンの取り扱いが始まっているJAみっかびの直販所へ。早生ミカン秀M5㌔を買い求めました。センサーで「秀」と選別されたミカンは糖度11度以上の甘いミカンです。買い求める人が切れ目なく続いていました。
  帰路、津々崎の「蔵茶房なつめ」に寄りました。奥浜名湖を眺めながらおいしいコーヒーとお菓子をいただきました。店内はほぼ満席でした。
 静かな時間が流れていきました。

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             直売所                 早生秀5㌔

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                 「なつめ」          「なつめ」から望む奥浜名湖

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