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2018年10月23日 (火)

ピアノ調律の巨匠 村上輝久氏の講演

 ASN(アクティブ シニア ネット)の第187回例会で、ヤマハ イノベーション・ロードの見学の後、本社内の研修室で村上さんの講演を拝聴しました。今年89歳になられた村上さんはお元気でした。

 1949年に日本楽器に入社された村上さんはやがて調律師の道に進み北海道勤務の後東京へ。安川加寿子のお気に入りだったとのこと。
 1965年、ミケランジェリ初来日、日比谷公会堂でのコンサートでスカルラッティのソナタやベートーベンのソナタなどの演奏を聴いたとのことです。
 研修のためヨーロッパへ渡ったのはその翌年、1966年。ミケランジェロの調教師だったタローネの家に下宿。やがてミケランジェロの調教師としてポルトガルやパリのコンサートにも同行。1967年にはドイツ・マントン音楽祭での活躍でハンブルクの新聞では「真の主役は舞台袖にいたテルヒサ・ムラカミであった」と絶賛されました。

 ミケランジェリのほかリヒテル、シフラ、ポリーニなどの調律を担当しました。1970年に帰国、1980年に調教師を養成するヤマハ ピアノ アカデミーを設立し初代所長に就任。後輩の育成に尽力しました。そのアカデミーの研修生のためにリヒテルがヤマハで演奏会を開いてくれたとのことです。
 このアカデミーは四ツ池陸上競技場の北にあります。

 村上さんは近年ではレクチャーコンサートに力を注ぎ、この30年で684回のコンサートを開いたとのことです。

 大学での講義もいろいろあり、一橋大学ではかつて静岡文化芸大
に在職された小岩先生からの要請で講義を行ったということです。

 ミケランジェリやリヒテルなどの巨匠はコンサートのキャンセルも多く、気むずかしいマエストロと考えられていますが、村上さんがそのような巨匠たちの専属調教師として活躍されたのは、優れた技術はもちろんのこと、村上さんの控えめで誠実なお人柄によるものだと思いました。「余分なことは言わない」とおっしゃっていました。

 健康維持のために、毎日お宅の近くの坂のある道を30分ほど歩いているというお話でした。

 ”伝説の調律師”村上輝久氏の講演「いい音ってなんだろう?」は
感銘深いすばらしいお話でした。

 

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