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2014年4月29日 (火)

新緑の奥大井を訪ねて③思い出の長島ダム

 

 私が40数年前に勤めていた島田高校の生徒の中には大井川鉄道の沿線各地から通う生徒たちもいました。大井川鉄道(大鉄)に乗れば停車駅ごとにその時の生徒の名前と顔を思い出します。今回一夜を過ごした川根温泉から11㎞あまり、車で30分近く奥に入った集落から通っていた生徒がいました。野球部の生徒だったので通学がかなり大変だったことと思います。「家庭訪問」で彼の家に一晩お世話になったことがあります。その教え子と電話で話しました。今は地元の学校の教員として頑張っています。

 二日目の27日、川根温泉から大井川沿いに奥へ奥へと進み、長島ダムまで行きました。

 長島ダムは建設省(現・国土交通省)が建設した大井川水系で唯一の多目的ダムで、1972年調査着工、1989年本体工事開始、2002年竣工。

 このダムで水没したエリアに生徒の家がありました。高校在学にダム建設構想が発表されて自分の家がダムの底に沈むかもしれないと語っていました。彼の家は現在の接岨峡温泉駅の近くでした。自宅からはとうてい通学できないため、学校の近くに下宿していました。夏休みのある日、帰省中の彼を訪ねました。「家庭訪問」で一晩泊めていただきました。その後彼の一家は長年住み慣れた地を離れて移住しました。彼は高校卒業後、大学を経て大手企業に就職して東京での生活。

 ダムの広報施設「ふれあい館」で案内役の男性に彼のことを話したところ、なんと中学校時代の同級生とのこと。その人の携帯電話で今は千葉に住む彼と何十年ぶりで話をすることができました。年賀状は40年以上続いているのですが、
話をしたのは本当に久しぶりのことでした。

 館内の資料に水没前の彼の家が写っている写真があり、「家庭訪問」の時のことを懐かしく思い出しました。

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    波一つない長島ダム湖

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                堰堤の高さは108㍍

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ふれあい館から下流を望む

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    上空から長島ダムと富士山を望む

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  ダム周辺の芝桜   トロッコ列車(中央上部)

 私にとってはいろいろな思い出がつまった川根路です。

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