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2013年9月22日 (日)

近江・美濃路に軍記文学の舞台を訪ねる①

 静岡文化芸大聴講生仲間の「平家物語の会」では年2回、2月と9月に物語の舞台を訪ねるミニツアーを行っています。

 今回は平家物語を離れて軍記物の世界でした。企画と現地での指導はいつもと同じ二本松准教授です。

 米原駅前でマイクロバスに乗るとさっそく先生の講義が始まりました。

近江番場宿と蓮華寺

 番場宿は中世の東山道の宿場の一つでその後中山道の第62番宿場になりました。北陸への分岐点となる交通の要衝です。

 この地の蓮華寺を訪ねました。ここは太平記の世界です。
1333年、京都合戦に敗れた六波羅探題北条仲時の一軍は番場4宿で反幕府軍の重囲に陥り、蓮華寺に移って戦いましたが再び破れ、仲時以下430余名が全員自刃しました。時の住職が深く同情して過去帳に認め、供養の墓碑を建立しました。過去帳は国の重文です。

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   番場宿の通り    門前を名神高速が通っています

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  蓮華寺の勅使門  花園天皇の勅許により菊の紋を下賜された

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㊧:太平記によると「自刃して死んだ人の血は遺体を漬し川のようになった」と。
㊨:勅使門(右)と鐘楼(左) 鐘は国の重文

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    重文の鐘          430余名の墓碑 

 軍記文学の現場を歩き、眼で見ることによって文学の世界が鮮やかに蘇ってきます。眼を閉じて想像してみるのは楽しいことです。

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