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24,25日に自治会の研修旅行ででかけました。24日の昼前、段差のあるところで足を踏み外してとっさに左手をつきました。薬局で湿布薬を買ってとりあえず手当をしました。今日になって手首が腫れて内出血していることがわかりました。今夜帰宅後時間外救急で診察と治療を受けました。骨折はしていないようですが、手首を固定しているため右手が不自由です。人生で初めてのけがです。
ブログの更新も十分にできません。
富士山静岡空港に新しい展望台ができました。禅寺石雲院に隣接する場所で空港のほぼ中央にあります。デッキからは離着陸する飛行機を目の前で見ることができる絶好の位置にあります。
FDA(静岡に本社を置く企業)
福岡からの便が富士山を見ながら着陸。機種はエンブラエル170(客席76)
ANA(全日空) 機種はB737-700(120席)
アシアナ航空(韓国) 機種はエアバス320(155席)
ソウルから
3階レストランのシラス丼。大盛りのご飯に山盛りのシラス。780円
デッキの呈茶コーナーでは地元のおいしいお茶やコーヒーの無料サービスがあります。3月31日までは毎日10時-14時まで。4月以降は土日祝に。
しばらく美術館にごぶさたしていました。久しぶりの美術展は「麻田鷹司 わたしの風景 展」です。
麻田鷹司(1928-1987)は京都生まれ。早くから画才を発揮し、京都市立美術専門学校在学中の1948年(20歳)に第1回創造美術展で《夏山》が入選。第2回展も入選。第3回には奨励賞受賞。1951年には23歳で新制作協会会員になっています。
60年弱の生涯を通じて風景画を描きました。今回の展覧会では前半が20代-30代の時代の作品で、モノトーンに近い色数の少ない風景画が並んでいます。
後半は40代から亡くなった58歳まで。ここでは日本人が親しんできた名所や名勝を題材とした作品が多くなってきます。色彩も豊かになり、みごとな風景表現が見られます。合計37点。
秋野不矩は「創造美術」で麻田と共に活動しています。その秋野の作品も11点出品されています。同時代に制作した二人の作品に、金属箔の使用などの共通点が見られるのも興味のあるところです。
浜松市秋野不矩美術館(天竜区)で3月24日まで
木陰の向こうは秋野の母校である県立二俣高校。2014年春に3校併合のため名前は消えます。
募集要項が発表されました。今期は「歴史学」をはじめ81科目が公開されます。24年度後期は98科目でしたからかなり少なくなっています。科目の一覧は次のとおりです。(クリックすると大きくなります)
昨年4月に着任された日本史の磯田道史先生の「歴史学」は水曜日の3限(午後1時~2時30分)に設定されています。24年度後期に磯田先生が担当された「日本史学Ⅱ」は聴講生23人という異例の大人数でした。募集要項には受入予定人員1科目につき5名程度と明記されているのですが…。今期も磯田先生の科目には多数の応募があるものと思われます。磯田先生の科目ではもう一つ、奥中康人先生と前半後半を分けて担当される「文化交流論」があります。
募集要項は大学事務室で配布しています。出願書類は①社会人聴講生願書②履歴書(写真貼付)③聴講希望理由書(各科目ごと)の3種です。
受付期間は2月27日(水)~3月5日(火)(土日は除く)。本人が直接事務室へ持参します。
3月25日頃内定通知があります。
聴講料は1科目14,800円で聴講生として正式に決定された後の4月25日頃払込書が郵送されてくるのでコンビニで支払います。
社会人聴講生は約150人ほどで女性が多くなっています。
わが家から1号線バイパスを経て42号線に入り、伊良湖岬から約5㎞手前の「菜の花まつりメイン会場」まで約2時間で到着しました。
メイン会場は菜の花畑も駐車場もかなり広いところです。菜の花祭りは1月12日~3月31日まで開催されているので、その期間に合わせて菜の花が花開くようエリアを定めて播種しています。ということでメイン会場全体で菜の花が咲いているわけではありません。
伊良湖旅客ターミナル 伊勢湾側は強風で荒れています。画面がぶれているのはカメラを構えた私の体が風で動いたのが原因です。じっと立っていられない風でした
岬丼・アサリのフライ、シラスなど850円 焼き大アサリ400円
往復170㎞のドライブでした。(2/13)
愛知県田原市は農業生産額日本一を誇る市です。 キャベツ、ハクサイ、ブロッコリー(生産量日本一)などの野菜や花卉類です。その田原市で「菜の花エコプロジェクト」が進められています。休耕田を活用して、菜の花を栽培し、菜種油を生産します。
渥美半島の42号線と259号線の沿線に菜の花畑が散在しています。今年は1,200万本の菜の花が咲いています。
10㍍を超す強風が吹き荒れた今日(2/13)、渥美半島の菜の花浪漫街道をドライブしました。今日見た菜の花畑のうち、みごとだったのは42号線沿いのメイン会場ではなく、259号線沿いの加治町の菜の花畑でした。
花の密度が濃いこと、均一に咲いていること、背丈の揃っていることはみごとです
エンジン01最終日の終幕はピアノの町浜松にふさわしいピアノを中心としたコンサートでした。
ピアニストの横山幸雄さんが池田卓夫さんの司会のもとに三枝成彰さんと3人でピアノの不思議を語るトークから始まりました。今日のピアノはKAWAI。3つあるペダルの機能について横山さんが実演を交えて解説してくれました。三枝さんの時代には3つのペダルはなかったとのこと。
トークの後は横山さんのソロです。
そしてその後はさらにすごいことに。N響の第1コンサートマスターである篠崎史紀元さんが登場して3人の鼎談。そして篠崎さんと横山さんのコラボで2曲の演奏。この組み合わせはエンジン01でないとできないかもしれません。
今日のプログラムは次のとおりです。
コンサートの後は閉会式。講師陣約40人がステージにあがって三枝さん、勝間さん、鈴木浜松市長のスピーチのあと、次期開催地の甲府市長の挨拶がありました。
3日間にわたるエンジン01の参加者は2万人に近いとか。鈴木市長のスピーチではこのイベントを一過性のものにしないで今後も何らかの形で継承することが大切だということでした。浜松市としては来年度の事業として当初予算に400万円を計上してあるとのこと。
今回のエンジン01が起爆剤となって知識の輪が大きく広がることを期待しています。
エンジン01の二日目、昼間の講座を4つ聴いた後、夜は「夜楽」に参加しました。尾張町の老舗料亭「べん松」で飲みながら食べながら講師の皆さんと歓談するという企画です。市内22の料亭やレストランで開かれた「夜楽」に講師が10人前後分散して参加されました。
私が参加した「夜楽」には大会委員長の三枝成彰さん、俳優の別所哲也さんなど6人が参加されました。
講師の皆さんは15分ごとに席を移動して全員と話ができるというルールでした。
次々と入れ替わる講師とお話しているうちに2時間はアッという間に過ぎました。
京都で今もなお現役のバスガイドをしながら小説を書いている花房観音さん、文部科学省の高級官僚から初めて国立大学(静岡大学)の学長になった興直孝さん、脳卒中治療の第一人者である虎の門病院の松丸祐司さんなどからいろいろなお話を伺うことができました。
昨日と今日のエンジン01の大盛況を見てよかったと思ったのですが、三枝成彰先生のお話では昨年の鳥取よりもチケットの売り上げが少ないとのこと…残念です。
おいしいお料理とお酒をいただきながらの至福の時間でした。
(撮影禁止なので画像はありません)
エンジン01文化戦略会議 オープンカレッジ in 浜松 が今日から3日間の予定で始まりました。約160人の文化人・著名人が過去最大の105の講座と22の夜楽(やがく)で市民と触れ合います。
11回目となる今年のキャッチフレーズは「エンジン鳴らすぞ!in浜松。目覚め、奏でよ,美しく。」です。スズキ、ホンダ、ヤマハの町浜松ですから、エンジンは町の至る所で鳴っています。
初日の今日は11時からアクトシティ大ホールで開会式。三枝成彰大会委員長、勝間和代実行委員長、林真理子エンジン01幹事長、鈴木康友浜松市長のあいさつがありました。開会式の司会はNHKの有働由美子アナウンサーでした。
開会式に続いて大ホールでは「オープニングシンポジウム スペシャルトークセッション~とことん話そう、”キャリアと結婚”~」が行われました。作家の林真理子、NHKの有働由美子アナウンサー、歴史学者で静岡文化芸大准教授の磯田道史先生の3人のトークです。司会は林真理子。
5年前に結婚した磯田先生がお見合いを30回したという話に応じて、42歳でまだ独身の有働はこれまでに50回のお見合いをしたと告白。中には68歳のお相手もいたとか。
結局、キャリアとしてNHKの第一線で大活躍している有働アナは多忙な生活の中で結婚に踏み切ることができなかったようです。
林真理子は専業主婦になることはまったく考えずこれからも90歳になるぐらいは書き続けるつもりと話しました。
磯田先生が。学校卒業→就職→結婚→出産→子育てという日本の女性の典型的なパターンに疑問を投げかけました。出産の後で大学に入学すること、子育てが一段落してから仕事で頑張ることなどについては有働アナも共感していたようです。
女性だけだとお互いに慰めあったり、愚痴をこぼしたりで終わるかもしれませんが、磯田先生がメンバーに加わっていたことで、男性の視点から見た話を聞くことができました。
磯田先生は歴史学者の立場から、女性が家計簿をつけ始めたのは明治後半から、名前に「子」をつけるようになったのは大正から、「子」をつけなくなったのは平成になってからと述べました。
磯田先生は浜松にゆかりのある徳川家康の史伝を書きたいとのことです。
仕事も立場もまったく違う3人のトークはなかなかおもしろくて楽しい時間でした。
会場の大ホールは満席に近い大入りでした。
今夜はオープニングコンサートです
昨日は立春で暦の上ではもう春です。早春の花が季節を違わず咲き始めています。2月5日午前。
節分草
名前のとおり節分の頃に咲き始めるか小さくてわいいい花です。フラワーパークでは2カ所で咲いています。
1 ローズガーデン裏の斜面
ローズガーデン裏から動物園方面へ降りていく坂道の途中の斜面です。ローズガーデンに行くと各所に掲示があるので迷うことはありません。撮影する時に節分草や周りの植物を踏まないように気をつけましょう。
2 管理事務所裏
ごく限られたエリアにわずかの株があります。撮影もなかなか厳しい
福寿草
おめでたい花がようやく落ち葉の下から頭を出して咲き始めました。透き通るような美しい黄色です。
浜松市には736の単位自治会があります。最大の自治会は中区高丘町で世帯数6,790、最小は世帯数3の天竜区水窪町大嵐(おおぞれ)です。
今日は700人前後の会長が一堂に集結しました。佐久間、水窪、龍山などからはバスやマイクロバスによって浜松まで出てきます。
会長と浜松市の鈴木康友市長のあいさつのあと、、講演がありました。講師は山口県在住の船橋美智子氏。演題は「人を育て、地域を輝かせる コミニュケーション術」でした。
自分の生活体験に基づいて、集団での人間関係づくりの基本や、自治会活動の基本についてのお話がありました。講演の中で、各自治会の役員選出についてのアンケートがありましたが、その結果大半の自治会は選挙ではなく会長の指名などによって会長以下の役員を決めているとのことで驚きました。
講演のあとは懇親会。近隣の自治会長をはじめ、市内各地の旧知の自治会長と情報交換を行いました。
3月10日にアクトシティ大ホールで上演される静岡県民オペラ「夕鶴」のプレイベントとしての講座です。このオペラを演出する中村敬一が、芸術監督を務める伊藤京子からこのオペラの作曲者である團伊玖磨のことや「夕鶴」についていろいろ話を聞き出すという形式で行われました。
掛川出身で日本を代表するオペラ歌手として活躍した伊藤京子さんは間もなく86歳。歩くのがやや不自由な様子でした。
スクリーンには團伊玖磨や山田耕筰の様々な映像、宇野重吉と山本安英の「夕鶴」の舞台動画、伊藤京子がつうを演じたオペラの動画などが映写され、伊藤京子が團の印象や「夕鶴」の思い出などを語りました。團伊玖磨は伊藤京子にとって東京音楽学校の2年先輩にあたります。
木下順二は「夕鶴」のオペラ化に当たって、民話劇の台本に書かれたせりふを一字一句変えてはならないと厳命したとのこと。日本人の日本人による日本人のためのオペラの名曲をいくつも制作した團ですが、オペラ「夕鶴」の600回記念公演の時に團は「日本語でオペラを作るのは難しい」と語ったとか。
伊藤が團に指導されて時のエピソードとして、長く伸ばして歌うフェルマータの部分を、楽しい気持ちの時と起こっている時とでは歌い方が違うものだと言われたとか。
’つう’を長年演じ続けてきた伊藤にとって、’つう’は自分の体の中に入っているという表現をしていました。
團伊玖磨が東京音楽学校を卒業した翌年(1946年)に作曲した《舟唄》は北原白秋の美しい日本語の歌詞と曲がみごとにマッチした実に美しい日本歌曲ですが、今日は伊藤京子の歌がCDで披露されました。
「夕鶴」は海外での公演も行われていますが、中国での公演の際、つうが別れのアリアを歌うクライマックスのシーンでくすくす笑いが会場に広がってとまどったとのこと。中国の人たちは約束を守らなかった与ひょうがいけないのだと考えたようです。
演出の中村敬一からは、今回の舞台は時代を昭和30年前後に設定しているという話がありました。
会場の静岡文化芸大講堂には夕鶴児童合唱団の子どもたちも来ていました。
3月10日(日)午後2時からの公演が楽しみです。
紙という素材を追求したアートの入賞作品を久しぶりに見ました。いずれの作品も紙を素材として制作されたのが信じられないぐらい見事な作品で驚嘆しました。東海特種製紙(株)主催のコンクールは22回目です。
大賞:風景の宅配便
ダンボールの箱の入り口から覗くとパリ・セーヌ川の風景が広がっています。屋根の角度を変えると違った眺めになります
準大賞:スニーカー
このスニーカーは紙でできています。小中高で使ったノートが素材です。
竹尾賞:identity 王子エフテック賞:catch
会場は浜松 ザザシティ中央館3階の浜松ジオラマファクトリーです。プロモデラー山田卓司の作品を常時展示しています。その一つ。
浜松ジオラマファクトリーは山田作品の常設会場になっていますが、昨秋から入場者が激減して赤字が累積しているとのことです。
市民のリピーターが増えないと今後厳しいかもしれません。そのための工夫と努力が必要です。
紙わざ大賞は2月17日までです。この機会にぜひどうそ。
数年ぶりでN響を聴きました。東海北陸4都市の地方公演初日。会場のアクトシティ大ホールは4階まで満席でした。
プログラム
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 作品73
ピアノはオーストリア出身のインゴルフ・ヴンダーです。2010年のショパンコンクールで第2位。2011年から毎年来日しています。今年27歳の新鋭ですが、ショパンの名曲を堂々とみごとに弾きました。今後の活躍がますます楽しみな若手です。
アンコールとしては長目の夜想曲もすばらしい演奏でした。
ブラームスの第2番も協奏曲の名曲中の名曲です。第1楽章のホルンとクラリネットの掛け合い、第2楽章のチェロによる主題、第4楽章のヴァイオリンやヴィオラの二重奏などいろいろ聴き所があります。ベートーヴェンの後継者と言われるブラームスはベートーヴェンの音楽を強く意識していたと言われます。
この曲はブラームスの「田園交響曲」とも言われますが、それはベートーヴェンの「運命」に対する「田園交響曲」に対して,ブラームスの「第一番」に対する位置づけとともに、田園情緒を描いたとされる曲想によるものでしょう。終末は歓喜に満ちた力強い演奏で終わります。アンコールは一転して、弦楽器だけで静かに演奏されるバッハの「G線上のアリア」で、その対照ががみごとでした。
指揮は下野竜也。43歳です。2001年、ブザンソン国際指揮者コンクール」で優勝。その後国内外で活躍しています。小柄な体を大きく使ってピアノとオーケストラからみごとな音を引き出していました。今後活躍が期待される指揮者の一人です。
久しぶりにN響の新鮮な演奏を聴くことができて幸せな一夜でした。
満席の客席を見渡すと高齢者が多いのに驚きます。若い頃からN響を聴いてきたクラシックファンでしょう。若い人たちはどこへ行ったのでしょうか。それでも演劇の会場に比べると若干若いのかもしれません。
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