この映画に対する評価は大きく分かれています。2013年は始まったばかりですが、早くも今年の優秀作品の候補になるという見方がある一方、このような映画を制作するのは「東京物語」に失礼であり、日本映画の恥だという極論や山田洋次監督がコマーシャルベースで映画を制作したことに対する批判など辛口の意見も多く見受けられます。
私はこの映画を見て感動しましたし、いろいろなことを考えさせられました。「いい映画だった」と素直に思います。この映画を苦虫をかみしめながら、怒りながら見た人たちはどういう感覚の持ち主なのかと不思議に思います。
「東京家族」は、山田洋次監督が小津安二郎の「東京物語」へのオマージュとして制作した作品です。エンドロールの最後に、「小津安二郎監督に捧ぐ」というテロップがアップされます。
1953年制作の「東京物語」は小津安二郎の代表作です。2012年8月、英国映画協会発行の「Sight and Sound」誌が発表した世界の映画監督358人が投票で決める世界で最も優れた映画で第1位に選ばれました。批評家による投票でも第3位でした。
なお、世界最高の映画第2位は「2001年宇宙の旅」、3位「市民ケ-ン」,4位「8 1/2」、5位「タクシードライバー」…10位「自転車泥棒」。
山田洋次監督は世界最高と評価される映画のオマージュとして、登場人物・主題・カメラワーク・場所設定など主要な部分で小津作品を継承しています。
登場する家族は瀬戸内の島に住む老夫婦と東京に住む3人の子どもです。「東京物語」では子どもは5人でした。開業医の長男、美容院を営む長女は小津作品と同じ設定です。「東京物語」では次男は戦死したことになっていますが、この作品では舞台美術の手伝いをしている生活の不安定な男として登場します。そして…「東京物語」で重要な役割を果たした亡き次男の嫁(原節子)に代わって、次男の恋人(蒼井優)が登場します。
老夫婦が東京に住む3人の子どもを訪ねて上京したところから映画は始まります。東京で何日か過ごす中で、日々の生活に忙しい長男や長女とのすれ違い、父親とは話したくない次男をめぐる気まずい空気、旧友との再会と別れなど、老夫婦にとっては悩ましいことが次々と起きます。
長男の家で母とみこは突然倒れ、間もなく息を引き取ります。葬儀は家族の故郷である瀬戸内の島(画面に登場するのは広島県大崎上島・小津作品では尾道)で執り行われます。父・周吉はこの島に一人残って生活することになります。
家族の絆・親の思うようにはいかない子育て・夫婦の関係など乃普遍的な問題は二つの映画に共通のテーマですが、さらに核家族化・高齢化・過疎化などの現代社会が直面している新たな課題が描かれています。「東京物語」から60年が経過し、時代は大きく変わっています。カーナビ、携帯電話、スカイツリーなど新しい要素も登場しますが、人間の生き方についての基本的な課題はいつの時代も同じです。
「今の日本はどうなっとるんじゃろうか…」と広島弁で嘆く父・周吉の言葉は山田洋次監督自身の言葉なのでしょう。周吉は全編を通じてほとんど笑顔を見せません。
キャストは老夫婦に橋爪功と吉行和子。長男に西村雅彦、長女に中嶋朋子。次男を演じたのは妻夫木聡。頼りなく見えたこの次男が両親に対して一番優しく、母の葬儀が終わって兄と姉が帰京したあと、屋根瓦を修理しているシーンは感動的でした。妻夫木は好演でした。若手の俳優として成長しています。妻夫木の恋人となる蒼井優はさわやかで好感が持てました。この二人と島の隣家の少女がこの映画のラストを明るくし、未来に希望を抱かせる存在となりました。
ラストに登場する大崎上島は終戦の年、疎開先から私が毎日見ていた島です。懐かしい島と、懐かしい広島弁が私の涙腺を刺激して頬を濡らしました。いい映画でした。
ロードショー5日目の1月23日 TOHOシネマ サンストリート浜北で
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