磐田東高OBの冒険家 渡辺大剛君の死を悼む
磐田東高校OBで2004(平成16)年6月に七大陸最高峰登頂の日本人最年少記録(22歳292日)を樹立した渡辺大剛君が、ムルマンスクで交通事故に遭って亡くなったことが伝えられました。享年31歳、あまりにも短い生涯を異国の極寒の地で事故によって終えたことは,本人にとって無念きわまりないことでしょう。
今回もアジア大陸を自転車で走破し、気温-30℃近いムルマンスクで26日午前10時頃,昼なお暗い極夜の道を自転車で走行中に車にはねられたということです。
渡辺君は森町の出身で、在学中は往復50㎞を自転車で通い続けました。彼の登山を支えた強靱な足腰はその自転車通学と山岳部の部活動で鍛えられました。
高校卒業後九州産業大学に進学してから、世界各地を訪ねる彼の冒険が始まりました。その場所は中央アジアであったり、南米のアンデス山地やパタゴニアであったり・・・帰国した時に学校へ報告に来てくれました。大学在学中の4年間でセブンサミッター(七大陸最高峰登頂者)になりました。
エベレストに挑戦する前には、経費や物資を提供してくれる企業を探すための企業訪問に苦労している話や、登山隊のシステム、世界各地の様々な民族のことなど興味深い話をしてくれました。
磐田東高校の生徒にとっては誇るべき先輩でした。EXILEのAKIRAは磐田東高校で同学年、しかも同じ学科です(隣のクラス)。AKIRAがEXILEのメンバーになったのは渡辺君が七大陸最高峰登頂の二年後のことでした。それからのAKIRAの大活躍は今更言うまでもありません。ジャンルはまったく違いますが、同じ学年の二人がそれぞれの道で活躍していることは本当にうれしいことでした。
その渡辺君が志半ばで逝きました。誠に残念です。
渡辺大剛君のご冥福を心からお祈りします。
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