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2012年10月 1日 (月)

木曽義仲最期の風景:平家物語を訪ねる(第2回) その2

 義仲の敗走の道をたどって山科四宮河原から逢坂の関に向かいました。国道1号線沿いにある関から100㍍ほど入った所に蝉丸神社がありました。

1 蝉丸神社(上社)

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音曲芸道の祖神とされる盲目の琵琶法師 蝉丸 を祀っています

義仲はこの逢坂の関を過ぎて琵琶湖畔の粟津の浜に向かいました。

2 蝉丸神社(下社)

 峠を下った所にあります。屋根は苔むして訪れる人の影もほとんどなさそうです。歌舞音曲にかかわる人たちの信仰の対象になった社です。

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                              国の重文がひっそりと立っていました

3 粟津の浜

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 琵琶湖畔粟津の浜。ここまで逃げて来た義仲。粟津の松原付近の深い田圃で義仲は討たれたのでした。 
 義仲が見た琵琶湖のこの風景は信濃国の諏訪湖を思わせることから、二本松先生は義仲が最期の地としてここを選んだのではないかと解説されました。

4 義仲寺

 義仲の墓所であり、義仲を尊敬した松尾芭蕉の墓所でもあります。

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                             義仲の墓

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       芭蕉の墓                    ススキとハギに囲まれた翁堂
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翁堂の天井絵は若ちゅう作の《四季花卉図》。現在は複製を掲示

5 大覚寺 

 今回の旅の締めくくりは中秋の名月の前日ということで、京都随一の月見の名所嵯峨野大覚寺でお月見をすることにしました。

 観月の夕べ開催中の境内はかなりの人出でした。十四夜の月は東の空に昇っているはずですが…厚い雲が広がって残念ながらお月見はできませんでした。

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          ライトアップされた心経宝塔

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                  大沢池

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                                  唐門

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境内で買ったお月見団子。上が鶴屋吉信。かわいくて上品でおいしいお団子でした

今回の旅について

 伝承文化の研究者としての二本松先生の思いが詰まった旅でした。木曽義仲の最期、追われる義仲が粟津浜までたどった道はいくつもの「境」を通りました。
その「境」とは、国と国との土地の境であり、生と死の境界であり、現世と来世の境…いくつもの境をさまよいながら最期に至る経緯を、道祖神や地蔵菩薩、蝉丸伝説、琵琶法師など様々な要素から組み合わせて義仲の心境を読み解いて
私たちにわかりやすく伝えてくださいました。

 信濃の国戸隠の生まれの先生にとって、義仲は特別の存在であることや、学生時代から20年以上生活された京都への熱い思いと懐旧の情が伝わってきました。
 文学を読み解くにも歴史を学ぶにも文面だけにとどまらず深く広く知り、学ぶことが必要であることを改めて思いしらされました。

 朝から11時間を長いと感じない濃密な時間でした。

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