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2012年9月30日 (日)

木曽義仲最期の風景:平家物語を訪ねる(第2回) その1

 静岡文化芸大二本松康宏準教授(日本文学・伝承文化)の企画とガイドによる「平家物語を訪ねる」旅の第二回です。第一回の神戸への旅に私は不参加で、今回初参加です。大学の聴講生17人など18人が参加しました。

 今回は木曽義仲の最期の足跡を訪ねる旅です。京都市内の数多い名所・旧跡には目もくれず、ガイドブックなどには記述がないマイナーな場所を先生の案内で訪ねました。解説と年表、関連地図など5枚の資料も用意してくださいました。

1 法住寺の戦い

  義仲が頼朝の攻勢に対抗するために、後白河院の御所・法住寺を襲撃し、後白河法皇と後鳥羽天皇を幽閉、政権を掌握したクーデターの場所

 京都駅に集合、小型貸切バスで法住寺へ
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     法住寺         左の三十三間堂には目もくれず右の法住寺についての先生の解説を聞きます

2 宇治川の戦い

 義経率いる義仲追討軍を宇治川で迎撃した義仲軍でしたが、名馬池月を駆る佐々木高綱の先陣のもとに宇治川を渡った義経軍に敗れました。義経軍28,000、義仲軍500。

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    宇治川沿いに歩きます                 宇治川の流れ

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㊧:流れが速いように見えますが、先生の話ではこれほど流れが緩やかな宇治川は見たことがないとのこと。この流れで先陣争いが行われました
㊨:京阪電車が鉄橋を通過しています

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                                   宇治川先陣の碑

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     鵜飼いの船                    料亭辰巳屋で昼食

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お料理はこのほかに松茸の土瓶蒸し、茶碗蒸し、お造りなど豪華で美味でした

3 人康(さねやす)親王の墓(山科区四ノ宮)
 仁明天皇第4皇子。病気のため出家して隠棲した場所が諸羽山の麓でここに墓があります。「四ノ宮」という地名は親王が第4皇子であったことに因むという説があります。
 人康親王は琵琶の名手でかつては琵琶法師が毎年この地で親王の霊を慰めたということです。今では訪れる人はめったにないように思われます。

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       宮内庁の管理                 この奥が墓地です

4 四ノ宮大明神
 人康親王の墓の近くにあります。

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  この狭い路地を入ります            琵琶琴元祖四ノ宮大明神

5 四宮河原

 今はこのような水路になっていますが、かつてはここに河原があり、義仲はここを敗走して逢坂の関から琵琶湖畔に向かいました

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        ブロック塀の向こうは京阪の線路です



             

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