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2010年11月16日 (火)

「ショパンの愛したプレイエル・ピアノ~弦楽器と奏でる美しい詩~」コンサート

 今年はショパン生誕200年にあたる年で世界中でいろいろなイベントや記念コンサートが行われています。

 今回のコンサートは静岡文化芸大でアートマネジメントなどを学ぶ学生達が企画・運営を担当して開催されました。ショパン生誕200年、浜松楽器博物館開館15周年、静岡文化芸術大学10周年を記念するメモリアルコンサートです。

 プレイエルのピアノは浜松楽器博物館が誇る貴重な収蔵品です。製作は1830年。ショパン20歳の年。この年にパリに移ったショパンはプレイエルの息子と交流があったので、自分が弾くピアノについては製作段階でいろいろ注文をつけていたのではないかと言われています。それ以来ショパンはプレイエルのピアノを弾き続けました。

 今回のコンサートで使われたピアノはイエルク・デムスの所蔵品を浜松市が13年前に購入したものです。浜松楽器博物館は180年前のピアノを展示・保存するだけでなく、演奏と調律を繰り返すことによっていい演奏のできる状況を維持しています。調律がなかなか困難で演奏中にも調律が必要になるくらいだということです。

 浜松でのコンサートに先立って9日に東京の第一生命ホールで同じ曲目によるコンサートがありました。浜松から200㎞以上を輸送されたプレイエルは少々調子が悪かったとのことです。浜松に里帰りして迎えたコンサート(15日)ではこれまでで最高のコンディションを維持しているという嶋館長のお話がありました。

 プレトークで静岡文化芸大の小岩准教授はピアノの300年の歴史を100年単位で区切って特徴を紹介されました。ピアノはもともと「弦楽器」でした。それが19世紀半ばに鋼鉄製の頑丈な枠が作られたことによって「打楽器」の仲間入りをします。1台でオーケストラに対抗できる音量を出すことができるようになりました。今回の東京公演で何人かの方から「プレイエルは弦楽器とよく合うね」という話があったということです。なぜか…その答えは簡単で「プレイエルは弦楽器だから」という小岩先生のお話でした。

 プレトークの後、いよいよ演奏です。おなじみの小倉貴久子さんのピアノで5曲

 《華麗なるワルツ》 変イ長調 作品34-1
 《マズルカ》 イ長調 作品17-4
 《バラード 第4番》 ヘ短調 作品52
 《レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ》(ノクターン) 嬰ハ短調 遺作
 《舟歌》 嬰へ長調 作品60

 弾き慣れたプレイエルで弾き慣れた曲が次々と演奏されて、百数十年前のショパンの時代の音楽が甦ります。 

続いて…

 《チェロとピアノのための(序奏と華麗なポロネーズ)》 ハ長調 作品3

 1台のチェロでは現代のピアノの音量に負けて霞んでしまうのでしょうが、プレイエルなら堂々と協奏できます。

休憩の後

 《ピアノ協奏曲 第2番》 ヘ短調 作品21(ドイツ初版に基づく室内楽版)

 ピアノとヴァイオリン2・ヴィオラ・チェロ・コントラバス

 ショパンの時代にはオーケストラ編成よりもこのような室内楽形式で演奏されることが多かったのでしょう。目を閉じて聴いていると、当時のサロンで演奏されている雰囲気を感じました。

 アンコールは《別れの曲》の合奏。

 満席の会場からの盛んな拍手に応えた最後に、小倉さんがプレイエルに向かって拍手をしてお礼をしているのが印象的でした。

コンサートのチラシ http://www.suac.ac.jp/news/updata/201008/0812.pdf

小倉喜久子さんのインタビュー記事 http://www.triton-arts.net/index.html から入ることができます

 

 

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