2017年10月
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2017年10月22日 (日)

嵐の前の静けさ

 台風21号が浜松に近づいています。午前10時から地区のシニアクラブ大会を予定していたのですが、台風の接近を予想して昨日午後の段階で中止を決めました。ただし、弁当などはすでに発注済みだったので今日各町の会長さんに集まっていただいて持ち帰っていただきました。
 今日の日中は思ったよりも雨風ともに強くなく穏やかだったので、大会を開けないこともなかったのですが、高齢者の集まりなので大事をとしました。

 今夜8時現在、風速は9,4㍍。3時間雨量は2,5㎜です。レーダー画面を見ると猛烈な雨のエリアが2時間以内に浜松上空に達する見込みで、相当な雨が降りそうです。
 風も次第に強まっています。台風の進路を見ると浜松の南沖を通過して駿河湾から沼津付近に上陸のコースです。

 この後、午前0時から午前4時頃がピークになりそうです。

 早く寝るのがいいのでしょうが開票速報も気になります。

 台風が無事に早く通り過ぎてくれることを祈るばかりです。

2017年10月21日 (土)

国宝第1号と最新の国宝

 先日観てきた国宝展に、国宝第1号と最新の国宝がありました。

国宝第1号

普賢菩薩(東京国立博物館):平安時代

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絵画の部の整理番号1番ということで、国宝第1号とされています。

今年指定された国宝

大日如来坐像(金剛寺):平安時代

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 重要文化財から国宝に格上げされました。大きな像が金色に輝いていました。
 今年国宝に指定されたのは7点です。

2017年10月20日 (金)

みんなで歌う会 5周年

 2012年秋に自治会の主催で「みんなで歌う会」を始めて満5年になります。月2回、第1,3金曜日の10時から12時までの2時間、10分の休憩を挟んで25曲前後を歌います。歌は童謡、叙情歌、歌謡曲、フォークソングなど幅広く、若い頃を思い出しながら大きな声で歌います。 

 シンセサイザー伴奏は町内在住のKさんで私と同い年です。巧みな編曲と演奏、そして歌の間には楽しいトークが入ります。
 参加者は毎回60~70人。町内在住者だけでなく近隣地域からの参加も増えています。
 月2回の例会で皆さん大きな声で歌って元気いっぱい・・・笑顔で帰って行きます。

 5年前に始めた頃は、とにかく知っている歌を大きな声で歌うということだったのですが、5年の間に進化してきました。
 リズムを大切にすることはいつも言われていることですが、最近はもっといろいろ教えていただいています。

 今日歌った歌で山口百恵の「秋桜(コスモス)」は高齢者にはなかなか歌いにくい歌なのですが、主旋律はフルートの音で演奏されるので、その音を正確に聴き取って歌うよう指示されました。
 五輪真弓の「恋人よ」は主旋律がピアノの音で演奏されること、間の取り方を気をつけることの指示がありました。
 このようにして少しずつ上達していることを実感しています。

 6年目を迎えたこの会をこれからも続けてさらに輪を広げていきたいと思います。

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手にしている歌詞集には約400曲の歌があります。

2017年10月19日 (木)

京都迎賓館ガイドツアー


 京都迎賓館は海外からの賓客の迎賓施設として2005年に開館した国の施設です。日本建築の伝統の技と美しさを結集した純和風の木造建築です。

 この迎賓館のガイドツアーに応募したところ当選したので見学することにしました。国宝展の後、岡崎で食事を済ませて迎賓館へ。迎賓館は京都御苑の一角にあり、御所の東に位置しています。
 ツアー開始30分前までに西門に集合。地下へ移動して手荷物検査やボディチェック、料金1,500円の支払い、注意事項の説明など一連の手続きがありました。女性ガイドによるツアーは1時15分から約1時間でした。

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雨の中、玄関に向かいます       正門

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        行灯          天上や床板は吉野杉など

夕映えの間

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        東壁面は綴れ織りの〈比叡月映〉

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      西壁面〈愛宕夕照〉の織物の一部

この部屋は大臣会合などの会議や立礼式などで使われます。

藤の間

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             綴れ織。横16.6㍍

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 舞台扉には人間国宝江里佐代子のみごとな「きり金」細工

 この部屋はもっとも大きい部屋で、洋食の晩餐会や歓迎式典の会場として使われます

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          藤の間から見た池

桐の間

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   和の晩餐室。座卓は全長12㍍。漆の一枚仕上げ

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         桐の間から見た日本庭園

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  船遊びのための和船      正面玄関

 ガイドツアーは約1時間でした。京都迎賓館は日本の匠の技を結集したまことに贅沢な建物です。

2017年10月18日 (水)

「国宝展」:京都国立博物館

 美術館めぐりの旅2日目は京都国立博物館の「国宝展」から始まりました。建造物などを除いた日本の国宝は885点。そのうちの209点がこの展覧会に出品されています。実に全体の4分の1にあたります。
 この秋もっとも注目される展覧会で人気抜群です。会期が始まって12日目の日曜日とあって大混雑が予想されました。早めに列に並ぶことにして8時前にホテル発、タクシーで京博へ。8時10分頃に着いて列に並びました。この時点で130番目。開館の9時30分まで1時間20分、小雨の中、傘をさしてひたすら待ちました。

 入館してすぐに2階へ。ここには雪舟の国宝6点がすべて展示されているのです。一人で6点の国宝指定は雪舟だけです。

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      雪舟〈慧可断臂図〉 1496年 
雪舟の作品の中でももっとも評価の高い作品です。

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           雪舟〈秋冬山水図〉 

雪舟の絵の前には2,3人居るだけ。名画を独占しました。
その隣のコーナーには宗達の〈風神雷神図〉もありました。

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6日から始まった展覧会は全部で4期に分けられて展示替えが行われます。私たちが行った日は第1期の最終日でした。
100余点がすべて国宝というのは迫力があります。

 私の印象に残っているのは、薬師寺の吉祥天像、信貴山縁起絵巻、古今和歌集(高野切本)、火炎型土器、縄文のビーナス、仮面の女神などです。

 入館直後は比較的すいていたのですが、やがて大混雑に。絵巻物などを最前列で観るのはなかなか大変でした。

 出品されている209点の作品全てを観るためには4回通う必要があります。

 会期は11月26日までで約50日と短くなっています。半世紀に一度の貴重な国宝展を観て、あらためて日本の文化・芸術のすばらしさを実感しました。

2017年10月17日 (火)

「バベルの塔」展:国立国際美術館

 今回はミレーの会のメンバー12人で出かけました。午前中北斎展を堪能した後、あべのハルカス隣接のホテルで和食のランチをいただいた後、タクシーに分乗して中之島の国立国際美術館へ。この美術館は地上にあるのは太いパイプを組み合わせた巨大なモニュメントがあるだけで、世界でも珍しい完全地下型美術館です。展示場などは隣接の市科学館の地下にあります。

 ここで一昨日(15日)まで開かれていたのが「バベルの塔」展です。私たちは会期終了の前日に観たことになります。入場待ちの列はありませんでしたが、館内はまなり混んでいました。

 この展覧会は16世紀ネーデルラントを代表する二人の画家とその周辺の画家の作品約90点で構成されています。

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       ブリューゲル1世〈バベルの塔〉

 展覧会場の最後の部屋に展示されていました。縦59.5横74.6㌢の小さな作品です。その小さな作品に実に壮大な世界が描かれています。雲の上にまで伸びて空を着く塔はまだ建設途上で、絵のあちこちで作業が行われています。港には建設資材を運ぶ船が入っています。はるか彼方には水平線。この絵に描かれている人物は約1400人とか。米粒ほどの人物が精密に描かれていますが、会場では絵に近寄ることも立ち止まって観ることもできないのでまったく確認できません。

 ブリューゲルの作品として、約40点の版画が出品されています。2_20171017_0001
         〈大きな魚は小さい魚を食う〉

 ボスはブリューゲルよりも半世紀前のネーデルラントの奇想の画家です。遺されている油彩画は25点ほどとされています。今回は2点が出品されています。その2点。

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         ボス〈放浪者(行商人)〉

 この絵を仔細に見ていくと随所に様々な要素が描かれていて実に多くのことを伝えています。

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         ボス〈聖クリストフォロス〉

 背中の少年はキリストです。枝に吊された血を流す魚は磔刑に処せられるキリストを暗示しています。画面中央左では殺された熊が
木に吊されています。そのほか様々な要素で寓意を描いています。

 ブリューゲルとボス、そして同時代のネーデルラントの画家たちの貴重な絵画と彫刻を見ることができました。

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         国立国際美術館地上部分

2017年10月16日 (月)

「北斎展」

 今年開かれる展覧会の中で特に人気の高い展覧会です。90歳まで生きた葛飾北斎の晩年の30年に焦点を当て、北斎の芸術の魅力に迫るすばらしい展覧会です。
 200点を超える作品が出品されていますが、その3分の1にあたる66点が肉筆画です。
 北斎と言えば〈神奈川沖浪裏〉や〈凱風快晴〉などの浮世絵版画がよく知られていますが、今回出品されている肉筆画に北斎のすばらしい才能がよく表れています。

代表的な浮世絵作品

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        〈富嶽三十六景 神奈川沖浪裏〉

くだける波頭の描き方に北斎独自の工夫された技術があります

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         〈富嶽三十六景 凱風快晴〉

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               〈花見〉 65歳頃
 美しい肉筆画です。着物の細かい柄、桜の花、動きのある人物など。

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       〈鳳凰図天上絵彩色下絵〉 86歳頃

最晩年の肉筆画

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     〈雨中虎図〉         〈雲竜図〉
 作品右下に「百」の字の朱印が捺印されています。百歳まで生きることができれば、’神の領域’に達するという強い意志表示とされています。

 約200点のうち、日本国内収蔵の作品は約30点だけです。多くは大英博物館の収蔵です。そのほかライデン・ギメ・メトリポリタン・ボストンなど世界各地の美術館所蔵の作品が出品されています。
 今回の展覧会は大英博物館との国際共同プロジェクトによるものです。大英博物館での展覧会も連日大入りとなる人気だったとのことです。
 今回の会場は大阪のあべのハルカス美術館です。国内最高の300㍍のビルの16階にあります。10月14日(土)、ミレーの会11人で大阪に向かいました。
 主催のNHKが多くの番組を次々と放送してPRしていることもあり、連日大混雑という情報なので開館前に会場に着くため浜松発7時10分の新幹線で新大阪へ。地下鉄に乗り換えて開館前の8時45分に会場着。その時既に時間を早めて開館されていました。並ぶことなくすぐに入館できて一安心。館内はかなり混んでいましたが、2時間余、作品を一点ずつしっかり観ることができまて幸せでした。

 北斎晩年の30年にわたる鬼気迫る画業の迫力に圧倒されました。90歳の驚異的な高齢で没するまで、研究と工夫を重ね次々と新しい境地を開拓していった北斎の全容を知ることができるすばらしい展覧会でした。会期は6日に始まったばかりで11月19日までです。

2017年10月15日 (日)

この秋人気の「北斎展」「バベルの塔展」「国宝展」

 今関西で開催されている「北斎展」「バベルの塔展」「国宝展」の三つの美術展を観てきました。いずれも人気の高い美術展で館内では大混雑でしたが、あらかじめその対応を考えて出かけたのでそれぞれの展覧会を十分鑑賞することができました。

 14日(土)午前、あべのハルカス美術館で「北斎展」、午後は同じく大阪の国立国際美術館で「バベルの塔展、京都へ移動して宿泊。
 15日(日)京都国立博物館で「国宝展」、午後は京都迎賓館のガイドツアーと大徳寺本坊特別公開と盛りだくさんのプログラムを予定通り無事に終えて今夜帰ってきました。

 強行軍でかなりくたびれましたが内容の濃い旅でした。

 詳細は後日アップします。

2017年10月13日 (金)

秩父まつり会館で

 今回の秩父行きは行きと帰りの墓参が中心で、間で時間があれば観光ということでした。1日目は墓参でほぼ終わり。宿は美やま温泉のホテル。今時珍しいかなり古いタイプの宿でした。
 夕食の後部屋に戻って昔話に花を咲かせました。時代は1965年前後です。高校時代の様々な思い出話の間に、すでに亡くなった先生や同級生のことが出てきます。高校卒業後の50年は長い年月です。その長い時間、私と教え子たちとのつながりが絶えることなく続いているのは大切なことです。

 2日目の朝、西武秩父駅近くの「秩父まつり会館」へ行きました。日本を代表する祭りの一つである秩父のまつりは「秩父夜祭」と呼ばれています。「秩父祭の屋台行事と神楽」はユネスコの無形文化遺産に登録されています。

 まつり会館にはみごとな屋台と笠鉾がありました。

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       屋台             笠鉾

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             美しい装飾

 館内では屋台の周辺でプロジェクションマッピングが行われ、祭りの雰囲気をバーチャル体験できます。
 また、3Dで秩父のいろいろなまつりを紹介するシアターもあり、伝統文化や芸能がよくわかりました。

秩父神社

 この神社の例大祭が夜祭りです

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 秩父の夜祭は毎年12月3,4日に行われます。今年は土日なので40万人前後の観光客で賑わうとのことです。一度見てみたいものです。

 今回の観光はこれだけでした。山梨での葡萄狩りもやめて、御坂峠を下る途中で「ほうとう」をいただきました。

 明日14日から15日は大阪と京都の美術館めぐりです。あいにく雨の予報ですが、「北斎展」「国宝展」などこの秋の人気美術展をはしごします。

2017年10月12日 (木)

秩父へ、秩父から

 裾野から須走、大月径由で秩父へ

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久しぶりに御殿場線裾野駅に降りました。SLの頃から残っている木製の跨線橋

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御殿場市南部からの富士山。雪がまったくありません

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    須走の道の駅から       御殿場大野原から

秩父から

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国道140号線=彩甲斐道路    ダム湖をループ橋で迂回
(さいかいどうろ)

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紅葉が始まっています     リニア鉄道テスト線

 国道140号線の山梨側は「雁坂ロード」と呼ばれています。県境を挟んで雁坂トンネルがあります。全長6,625㎞で国内5位の道路トンネルです。最高標高は1,200㍍。長~いトンネルでした。

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              河口湖

富士山麓を走ると富士山が気になって探してしまいます。

2017年10月11日 (水)

懐かしい人を訪ねて秩父へ

 50年前に勤めた学校の教え子たちと秩父の山里に懐かしい人を訪ねました。当時の生徒にとっては恩師、私にとっては公私ともに大変お世話になった年上の先生のお宅を訪ねました。先生は惜しまれながら53歳の若さで退職され、年老いた両親の待つ秩父へ帰られました。帰郷された先生はその後20年ほど地域で活躍されていましたが、不慮の事故で急逝されました。

 今回は先生の墓参と、健在でいらっしゃる奥様にお目にかかることが目的でした。先生のお宅は定峰峠の近くです。っわたしたちの乗ったマイクロバスは秩父の中心部から定峰へ向かい七曲がりの狭い道を峠の方へ登って行きました。途中、人家も何もない道を進みようやく集落に出ました。

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 3代将軍家光の時代から14代続く旧家です。現在のお宅も築後100年です。

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        お墓はお宅の裏手にありました
お世話になった先生のお墓にお花を供え、線香をあげました

 私は先生の奥様に48年ぶりにお目にかかりました。86歳になられる奥様はお元気で、当時のことをよく覚えていらっしゃって感激しました。 奥様は私たちが訪ねるのを心待ちにされていました。二人の優秀なお嬢様やお孫さんのこともいろいろお聞きしました。

 一緒に行った教え子たちは70歳前後です。半世紀前にお世話になった先生を偲び、奥様にお礼を申し上げて自分の若い頃を振り返る特別の旅でした。

2017年10月10日 (火)

須走からの富士山

須走からの富士山
50年前の教え子たちと秩父市に向かっています。須走の道の駅からの富士山です。

2017年10月 9日 (月)

満開のコスモス:浜名湖ガーデンパーク

 ガーデンパーク花ひろばのコスモスが満開になっています。3連休の最後、多くの入園者で賑わっていました。

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2017年10月 7日 (土)

瀬戸内海の風景

 多島海である瀬戸内海は点在する多数の島々が美しい風景を作り出しています。呉の沖合にも有人、無人の多くの島があります。

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いくつもの島々が見えています。手前の木のあるところは本州で
その向こうの集落は倉橋島です

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手前は本州、遠くに霞んでいるのは四国。左右に島

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   手前が本州、第二音戸橋を渡った向こうが島

JR呉線の車内から見た瀬戸内海

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呉線と国道が海岸を並行して走っています。右はカキ棚。
戦争中は海側の風景を見ることはできませんでした。ブラインドを開けるとスパイとされました。
私の生まれた家からも呉港は見えたのですが、南側の雨戸は一年中閉じたままでした。見ることを許されませんでした。

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    波静かな光る海    子どもの頃泳いだ海水浴場

呉や広島の人にとって、海は様々な想いにつながっています。

2017年10月 6日 (金)

呉の港の風景

 かつて軍港だった呉港は戦後、造船を中心とする工業港になりました。現在は海上自衛隊の基地、工業港、松山や広島、島嶼部を結ぶ民間航路の拠点になっています。

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中央部先端が客船の波止場  高速船が出港

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 クレーンが林立する造船所・製鉄所=旧海軍工廠

海上自衛隊基地

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     潜水艦桟橋          潜水艦3艦 Img_2132 Img_2124
            海上自衛隊呉教育隊
ここはかつて海兵団があったところです。

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